HOME
善と悪 その1
善と悪 その2
善と悪 その3
善と悪 その4
善と悪 その5
善と悪 その6
善と悪 その7
善と悪 その8
善と悪 その9
善と悪 その10
4つの徳

今月のメッセージ
映画鑑賞
ドイツ旅行
ロゴスキッズ
Logos Teens
聖書の学び
CSルイスの弁証
証し
EMF
聖書通読
門戸聖書教会
宣教への思い
結婚式
洗礼式
讃美
テニス
テニスモンド
囲碁
小説
リンク
更新情報

C. S. Lewis

☆☆☆善と悪・・・そして宇宙の意味について (C. S. Lewis)☆☆☆


C. S. Lewis の "Mere Christianity"において、C. S. Lewisは、まず、人間は普遍的な善悪の法則を持っている、ということについて、論証していきます。「キリスト教の世界」(CSルイス著・鈴木秀夫訳 大明堂 昭和52年12月10日発行) から引用してみましょう。(注【】は私の注釈です。原文にはありません。)

『 1.人間の性質についての法則
【言い争いが示唆しているもの】
 人々が言い争いをしているのは,だれしもお聞きになってます。聞いていておもしろい時もありますが、ただ不愉快なだけの時もあります。だが、そのいずれにしろ、私達はその言い争いのなかから、一つの大変に重要なことを知ることができます。
たとえばその人達は、こう言っています。
  「もし、人 にそんなことをされたら、どう思いますか」、
  「この席は私のですよ!先にい たんですから」、
  「あんな人はほっておきなさい、別に危害を加えることはないでしょう」、
  「なんで、自分だけが入ろうとするんです」、
  「そのミカンを 少しくれよ、僕も前にあげたじやないか」、
  「なんです、約束したじやないで すか」
教養ある人も、ない人も、大人になった人も、子供でも、こういった会話は、毎日のようにしています。

 ところで、こういう言いがかりを聞いていて興味のあることは、単に、相手の行ないが自分には気に入らない、といっているのではないということです。
そうではなくて、相手も知っていなけれぱならないはずの、行動の規範というべきものを相手に訴えているということです。
そしてまた、実際、相手は「そんなことは知るもんか」と答えるのではなくて、
  その規範に反してい ないと反論するか、
  止むを得なかった事情を説明しようとします。
  先に席をとった人にも、譲らなければならない理由を示そうとするし、
  前にミカンをもらった時とは状況が違うことを言おうとするし、
  約束を破らざるを得なかった理由を説明しようとします。

 すなわち、両者の間には、フェアプレイの法則、あるべき姿、共通の道徳といったような・・・言葉は何でもいいのですが・・・ なにか共通のものがあると思わざるを得ません。また、実際にそういうものを持っています。もしなかったら、それこそ、けだもののように闘争しつづけるでしょう。でも、それは、もはや言い争いではありません。
 言い争いとは、相手が悪いのだということを示そうとすることです。もし、お互の間に善と悪についてのある一定の同意がないとするならぱ、言い争いは意味のない行為になるでしょう。サッカーの規則がなければ、サッカーの選手にファウルを宣言することができないのと同じです。

 さて、善と悪についての、この法則なり規則なりは「自然法」と呼ばれてきました。近頃では、「自然の法則」といえば、通常、重力や遺伝の法則、ある いは化学反応の法則といったものを指しております。しかし、かつての思索家 たちが、善と悪に関する法則を「自然法」と呼んだとき、それは、人間の本性 に関する法則を意味しておりました。つまり、すべての物体が重力の法則のもとにあり、すべての有機体が生物学の法則によって支配されているように、人間と呼ばれる被造物もまた、その法則を持っているということですが、ただし、両者間には一つの大きな違いがあります。物体は重力の法則に従うか否か、選択することができないのに対し、人間は、人間の本性の法則に従うことも、従わないこともできるという違いであります。』

CSルイス その1 に続く

Copyright (C) maccha
All Rights Reserved.
inserted by FC2 system