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小説 クロスオーバー


☆☆☆小説 クロスオーバー☆☆☆
著作 by 秋野創(ペンネーム)

3章 銀行


 昨晩は、深夜まで考えていたが、何がなんだかわけがわからなく、どうしたらよいかもわからなくなり、押し入れから布団をだして、もぐりこんで寝てしまった。何か夢を見ている。深い淵から、何か声がする。俺を呼んでいるのか?俺を、追いかけているのか?あせりと恐怖が回りを包んでいる。逃げようとしているが、足が麻痺したように動かない。声を出そうとしたが、何故か声も出ない。暗い淵が私に追いつこうとしたその時、闇の外から、不思議に軽やかな音楽が聞こえた。やがてそれは、携帯の着メロに変わっていった。あわてて枕元にあった電話を手探りでつかむと、さわやかな女性の声で、「もしもし、圭司さん?」と聞こえて来た。何か明るい光の中に引き戻された感じだ。「もしもし、どなたですか?」と応えると、「私よ、歩深(ふみ)。私の声も忘れたの?二日酔いでもしてるの?」と軽やかな声がした。まずい、圭司くんのガールフレンドだろうか?ここは、なりすましで切り抜けるしかないと思ったので、「ああ、フミちゃん。寝ぼけていて、夢か現実かわからなかった。今、何時?」と応えた。
 「もう10時前よ。新宿で9:30に待ち合わせの約束忘れたの?」
 「きのう、ちょっと事故があって、それで、遅くまで起きてたものだから。ごめん。ごめん。」
 「どうしたの?圭司さん、大丈夫?」
 「ああ、俺は大丈夫。ちょっと知ってる人が、亡くなったものだから。」
 「そうだったの、病気?」
 「どうも事故だったようなんだ。それで、ちょっと、告別式のこととかあるから、今日の約束キャンセルしていい?」
 「ええ?でも、それは仕方ないわね。」
 「じゃあ、また、いつか埋め合わせするからね。」
と言って、とりつくろった。いったいどんな顔でしゃべっているのだろう。電話で表情が見えないのが、幸いだった。

 電話を切ると、急に腹が減って来た。キッチンにたつと、インスタントラーメンがあった。とりあえず、今は里中圭司だから、食べてもいいだろうと、つぶやきながら、鍋に水とラーメンを入れて、ガスをつけた。
 今日、これから何をすべきか、漠然と考えていると、お湯が沸き立ってきて、ほどなく、何も入ってないラーメンができた。久しぶりのインスタントラーメンだ。中里の妻は身体に良くないと、決してたべさせてくれない。続けて食べると、飽き飽きするが、たまに、空腹時に食べると美味しい。昔を思い出す。食べながら、とにかく、中里の家族に会いに行こう、それしか思い浮かばない。
 彼のポケットには現金はほんの2、3千円しかなかったが、幸い銀行のカードが入っていた。問題は暗唱番号がわからない。部屋の中を探すと、印鑑が2個出てきた。どちらか合っているだろうと、新宿のミズノ銀行へ入った。順番を待って窓口に行った。20代の若い銀行員店頭係だ。
 「すみません、カードが見つからないので、今日は、印鑑でお金をおろしたいのですが?」
 「カードの再発行の手続きもなさいますか?」
 「いいえ、もう少し探してみますので、今日はいいです。」
 「それじゃ、この用紙に記入して下さい。ご本人確認のため、免許証か何かお持ちでしょうか?」
里中の 免許証を出すと、若い銀行員は、ちらっと私の顔と見比べて、番号札をさし出して、待つように指示した。当面の生活費用のことも考えて、5万円引き出そうとした。しかし、すぐに呼ばれて、窓口に行くと、銀行員は残金が足りないと言う。
 「まいったなあ、まだアルバイトの代金が振り込まれてないんだ?」そう言ってごまかした。「残金はいくら残ってますか?」と尋ねると、「いくら引き出したいのですか?」と逆に尋ねられた。少し考えて、「3万円」と言うと、「申し訳ありません。」と断られた。
 「それじゃ、9千円引き出したいのですが。」と言うと、「わかりました。この金額に二重線を引き、訂正印を押して、9千円と書き直して下さい。」と機械的に応えた。若い銀行員は、顔立ちは整っていて、綺麗に化粧している。しかし、どこか味気ない愛想のない受け応えに冷たいものを感じる。この銀行員にとって、俺はお客様というよりも、しがない学生かフリーターなんだろう、里中圭司こと中里はそう思った。俺が、もし大病院の院長で、お得意様だったら、この女は今と同じ対応ができるか?

 銀行員の女は、別の事を考えていた。最近自分が応対したお客様の本人確認ができてないことを、上司から指摘されたことだ。そのお客様は、顔見知りであったし、優良顧客であり、まとまった金額を定期預金にしてくれるお客様であった。運転免許証を持って来てないということで、写真付き社員証で対応した。マニュアルには写真付き社員証で可と書いてあったので、上司には相談しなかった。写真付き社員証は偽造しやすく、発行者は公的機関ではないため、他の本人確認書類と合わせて上司が判断することになったが、まだ初期の時期は、いろいろ混乱があった。そういう時期で、自分はマニュアル通りにやったのに、上司からはしかられたということで、用心深くなっていた。しかし、里中圭司に関しては、相手が預金の引出しもできないほど、金欠の若者で、おそらく学生かフリーターだと思われたので、少し緊張がゆるんでいた。しかも、本人確認は運転免許証で確実にできている。しかし、苦情はいつ、どんな人から発生するかもしれない、ほんの些細な金額でも油断はできない。苦情が自分の将来を塞いでしまうことがあることを、この銀行に入社して、いやになるほど聞いて来たのだ。

上司から、また呼び出しがかかった。おい、これ印形が異なるよ。よく見ると、里中の里の字が微妙に違う。「そうですね、確認します。」と言って、もう一度里中を呼び出した。
「たびたび、申し訳有りません、登録されている印鑑が違うようですが。」と言われて
里中は、「それじゃ、こちらの印鑑でしたかね?」と言って。ポケットから別の印鑑を出した。
銀行員は画面と新しい印形を見比べながら、「申し訳有りません、これも違うようです。」と言った。
「ええ〜、困ったな。」どちらかの印鑑は合うだろうと、高をくくっていた里中こと中里は、思わずうめいた。3千円では、香典を包むこともできないどころか、これから生きのびていく算段もしなければならない。銀行員の女は無表情でいる。一応、カードをもう一度探すことにして、万が一の時の、カード再発行の申請と、印鑑再登録の申請の方法について、方法を聞いてその場を去った。




「これらは、次に来るものの影であって、・・・」
(コロサイ人への手紙 2:17)

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