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小説 クロスオーバー


☆☆☆小説 クロスオーバー☆☆☆
著作 by 秋野創(ペンネーム)

4章 自分探し


 まずいことになった、と考えこみながら、里中は銀行を出た。まだ2、3千円現金があるから、今日明日は飢えることはないが、銀行からお金を引き出せないとどうしようもない。パスワードも知らないし、二つの印鑑も違っている。中里の告別式へ行くことも出来ないので、自分の家族に会うこともできない。当面は、里中になりすまして生きていくしかないが、彼のことは、医学生であるということ以外に何も知らなかった。

 スーパーで食パンと少しの食べるものを買って店を出ると、残りは2千円を切ってしまった。ナントカしないと、本当にやばい、ホームレスと同じ状態に陥ってしまう。12月の冷たい風が肌を刺して、いっそう寒さが侘しく感じてしまう。

 ワンKの安アパートへ帰り着いた。悪いと思いつつ、家捜しを始めた。机の中、本箱、簡易クローゼット、押入れの中。携帯メール、パソコンと、見れるものはしらみつぶしに見ていった。他人のプライバシーをあばくようで、初めは罪悪感があったが、サバイバルのためには仕方がなかった。

 自分だけの探索から得られた里中圭司のプロフィルは、埼玉県立医科大の5年生、年齢は24歳だから、どこかで、1年ダブっている。おそらく一浪で入学したのだろう。関東の公立医学部だから、かなり入試の難易度は高い。しかし、家庭はそれほど余裕はなさそうである。中里のこどもと比べると、そうとうカツカツの学生生活をおくっている。家からの仕送りが、毎月3万円、黒田奨学金が、6万円、毎月の定収入はこれだけか?次の振込までは、まだ1週間あるのがわかった。2千円弱で一週間はしのげない。

 徳重歩深さんという女性は、どうやら医大の同級生のようだ。頻繁にメールのやりとりをしている。パソコンで写真を見ると、スラリとしてかなり可愛い。服のセンスもいい。見かけは、申し分のない恋人のようだった。

 あとはクラスメイトと部活の交友関係が強い。どうやらテニス部に在籍しているらしい。偶然の一致か、中里匡もテニスが好きで、ずっと続けている。最近、膝や肩が痛くなって、なかなか思うようにプレーできないが、下手な若者たちには負けない技術とカンを持っている。

 先ずは、ガールフレンドを呼び出してみることにした。財源の関係遠くへは行けない。幸い定期で新宿まで行けるので、新宿でおちあって、あまり時間を気にしなくても良いカフェに入った。
「告別式は何処であったの?」とフミが聞いてきた。
「それが、銀行に振込が入ってなくてさ。香典も持たないで行くこともできず。幸い、家族葬でやるらしい。」
「最近、家族葬多いわね。」
「そうだね。」
フミは、今日は紺色のカシミヤコートの下に、白色系のセーターとやや長めのシックなスカートで決めている。どう見てもお嬢様だ。 「明日は病棟実習休めないわよ。教授回診だから。」
「そうか、何か準備あったっけ?」
「内分泌関係の患者が多いから、甲状腺機能亢進症とか、橋本病とか、甲状腺癌について質問されるかもね〜。」
「ところでね、一週間ぐらいお金貸してくれないかな?次の振込までは、サバイブできそうもなくって。」
「なーんだ、それで呼び出したの?昨日の埋め合わせかと思って、期待したのに。損しちゃった!」
「ごめん、ごめん。君も予定があるだろうから、無理だったら、他を当たるからいいんだけど。」
「それで、いくら必要なの?」
「1万円」
「たったそれだけでいいの?」
本当は2、3万円と言いたかったが、学生同士だし、遠慮した。フミにとっては、たいした金ではないようだ。
「どうせ、君には端金だろうけど。」
すぐに札入れを取り出して、1万円を渡してくれた。
「じゃ、借用書を書いて。」
「もちろん書くよ。」と言って、紙とペンを出して、借用書と書こうとすると、
「利子は、一生働いて、フミを養うこと。」と、ニコニコしながら言った。
フミの顔を見て、うしろめたい恥ずかしさも消えてしまった。
「一生、ヒモみたいになるかもね〜。」と笑いながら、お金を懐にしまった。
「フミ、3人兄弟だったっけ?」
「そうよ、それが?」
「いや、俺は妹だけだろう。お兄ちゃんがいるって、いいものだろうね。」気楽で、とは言わなかった。
「いや、よくない。いつも兄と比較されているようで。もっと伸び伸びしたいんだけど、『貴方のお兄さんはこうだった。』って言われるとね。兄は兄、私は私っていいたくなるの。」
「俺は、どうなんだろう?妹に冷たいかな?」
「そんなことないよ、とてもいいお兄さんよ。ほら先日も、クリスマスプレゼント送っていたじゃない?」
「金がないから、あまり高い物は送れなかった。」
「そんなことないわよ。里中君にしては、よくそんな高い物をおくれるわねって、若干嫉妬したぐらいだから。」
何を贈ったのだろう、わからないけど、彼にしては、何か高い物を買って贈ったのだ。そのために、口座にお金がない。
「こんなことになるんだったら、無理するんじゃなかった。あ〜あ。」とため息をつくと
「でも、あのバッグだったら、長く使えるし、きっと、雪さんも喜ぶと思うわ。」
「君がそう言うんだったら、もう、後悔はしないで、考えないことにしよう。」
里中の妹、雪との関係は少しわかった。同級生の間ではどうなのだろうか?
「ところで、大学はどうかな?俺、みんなから浮いてるだろう?」と水を向けた。
「そうね、かなり浮いてるわ。」と、深歩は、表情を変えずに応える。
「やっぱりそうか!けっこう付き合いが悪いからね。」
「私とだけつきあってくれると、許されるんだけど・・・。付き合いはいいほうね。でも普通かな。」とすました顔で、しかしちゃめっけたっぷりの目で反応した。
「そうか、俺は自分で、自分のことを、あまり人付き合いのよくない奴だと思ってた。八方美人じゃないよね。俺、八方美人て、あまり好きじゃないから。」
とりとめのないことを、歩深に話しながら、歩深の反応から、里中の人物像を想像していた。どうやら、彼は堅い方の人間らしい。人付き合いは悪くないが、何しろ周りの医学生と生活背景が異なるので、あまりたくさんの友人達と遊び回るようなことはしないらしい。自然、心ゆるせる少数の仲間達とは、非常に信頼関係が厚い友情関係を築いているようだった。
手探りの中で、里中の個性を知り、それ合うようにふるまわなければならないのは、非常に窮屈だった。
「今日の、圭司さん、いつもと違うね?」
「へ〜、どう違う?」
「いつもなら、茶化してもう少し、何か違ったことを言うんだけど?」
「そうかい、実はね、今日から心入れ替えようと思って。今までの里中と今の自分は別人だと思っていいからね。」
「急に別人になれるわけ、ないじゃない。」そう言って、にっこり笑ったその歩深の笑顔に吸い込まれそうな心地よさだ。



「これらは、次に来るものの影であって、・・・」
(コロサイ人への手紙 2:17)

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