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小説 クロスオーバー


☆☆☆小説 クロスオーバー☆☆☆
著作 by 秋野創(ペンネーム)

6章 忘れられない人


ある日の休日に、意を決して、中里匡、本来の自分の家族に会いに行った。なんて言って訪問しようかと、思案したが、結局いい理由もなかったので、バイトで、中里の会社の引っ越しの時、彼と親しくなり、彼の論文の入力のアルバイトなどさせてもらって、助かったことにした。

中里匡の家に行くと、娘の悠子が出てきた。訪問の理由を話すと、和室に通された。そこには仏壇があって、自分の写真が飾ってあった。自分としては、あまり好きな顔ではない。こんな写真しかなかったのか?とがっかりした。表情には出さないで、お焼香をすませて、冥福を祈るふりをして手を合わせた。なんとなく変な気持ちである。

その後、中里の家内千枝子が出てきた。少し前よりもやつれて見えた。
「突然のことで、なんとお慰めしていいか、言葉もございません。会社では、私が医学生だったこともあり、格別親切にしていただきました。」などと言っても、千枝子はうなずくだけで、あまり語らない。
「父のどんな仕事のお手伝いでしたか。」悠子が尋ねた。
「学会に発表される論文の、データを入力するお手伝いです。お手伝いをしながら、いろいろご親切に教えてくださいました。」
「主人がお世話になったんですね。」千枝子がポツリと言った。
「あまり、突然でしたので、何がなんだかわからなくて。今頃になって落ち込んでます。」悠子が代わって答えた。
ここまで落ち込んでいるとは思ってなかったので、何か悪いことをしているようで、うしろめたかった。喉が渇いたので、出されたお茶をすすると、悠子が「あらっ」と驚いた声を出した。
「どうかしましたか?」
「里中さんも、父と同じようにお茶を飲まれるので、ビックリしました。」 中里のくせで、熱いお茶は最初湯呑みにくちをつけてすすり、それから湯呑みを1/3ほど回転させて、二口目をすする。また、湯のみを回して、残りをすする。
「実は、私がアルバイトしてたとき、里中さんを見ててまねしたら、私もついくせになってしまって。」と言ってごまかした。
千枝子は、じっと私の方を見ている。先ほどの悲しみに満ちた目ではなく、何かまったく別の生気が宿った目である。
「私ね、主人が生きていた頃、いつも冗談で、『あなたは、元気で働いてくれた方がいいわ。』なんて言ってたけど、今、とても後悔してます。もっと、自分のやりたいことを、させてあげればよかった。」そう言うと、千枝子の瞳に、涙があふれて、頬をつたって落ちた。
里中は、胸がしめつけられるように苦しくなった。できるだけ、千枝子の方を見ないようにしていた。それからしばらく雑談をして中里家を出た。
里中を見送りながら、悠子は千枝子に言った。「お母さん、不思議だね。里中さん、なんとなくお父さんに似ていない?もちろん、顔や背丈や年齢はちがうけど、なんとなくしぐさが、父に似ていると思わない?」
少しづつ、長くなった夕陽が、春の香りを運んできていた。


「これらは、次に来るものの影であって、・・・」
(コロサイ人への手紙 2:17)

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