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小説 クロスオーバー


☆☆☆小説 クロスオーバー☆☆☆
著作 by 秋野創(ペンネーム)

7章 徳重院長


4月に内科学会総会で、徳重歩深の父親が上京して来るということで、会うことになった。どのような立場で、歩深の父親と会えばいいのか、自分では、定かではなかった。歩深と里中の関係が、どのようなものであったか、二人の間でどのような約束が交わされていたのか、想像するだけで、本当のところは、わからないからである。歩深の言葉使いのかなり親しげで、垣根がないことから、恋人同士であることは、間違いなかったが、あまり、身体的接触はなかったことから、慎みのある交際のようであった。それは、昔の人間である中里からは、新鮮で好ましく思われた。彼も一定の距離を保ちながら、なりゆきにまかせ、歩深と学友以上の付き合いをしていた。二人で、図書館で国家試験の勉強をするとか、日曜日に時々教会に行った後、デートをして、彼女の手作りのお弁当をいただくとか、コンサートに行くとか。
 それが突然、彼女の父親が上京して来て、会うことになったのだ。外見と中身の異なる里中は、躊躇したが、ここで逃げるのは不誠実だし、心ならずも会うことに同意したのだ。
 「忙しいのに、ごめんね。父が、どうしても、圭司さんに会いたいと言うものだから。」と歩深が話しはじめた。
 「歩深のお父さん、病院の院長先生だろう。なんか、とても偉い人だから、お会いすると、萎縮して何も話せないかもね。」
 「そんなことはないと思うけど。実は、春休み、帰省した時に、両親と結婚について話す機会があったの。それで、私は、卒業したら里中さんと結婚したいと話したの。」
 「うん、俺も、歩深ちゃんのことは好きで、いい人だと思っているけど、歩深ちゃんは、私の家族とか、あまり知らないだろう。それに、背景もお互い、かなり違うしね。それでも、いいのかな?ご両親もきっと、そんなことを心配していると思うよ。」
 「私は、医者の兄がいるから、家を継ぐ必要もないし、『お前なんか、どこへでもでていけ』って言われているから、誠実な受け皿さえあればいいの。」
 「それなら、いいんだけどね。私は誠実な受け皿だろうか?」
 「え〜、前に言ってたじゃない。自分ほど誠実な男はいない、って。まあ、どんな誠実な人でも嘘はつくけど。」
 「俺は、ぜったい、嘘つかないよ!たぶんね。」にやりとして、応えると、
 「ほら、また嘘ついた。」そう言って、歩深は明るく笑った。

 学会終了した、土曜日の夜、徳重院長の予約していた、新宿の料亭で会食をした。里中が、歩深といっしょに約束の時間の前から待っていると、徳重院長は奥様の真貴子同伴で現れた。
 「歩深は、ずいぶん里中君を尊敬しているようで、一度会ってみないといけないなと思ってネ。学業で忙しい中と思うけど、よく来てくれました。」徳重院長は、重みのある風格をたたえながら、それを隠すように如才なく語りかけた。
 「先生こそ、ご多忙の中、時間をとっていただいて、恐縮です。」そう、応えながら、「恐縮です」とは24歳の医学生の言葉ではないかもしれないな、と思った。
 「家内もね、ぜひ、君に会いたいということで、それじゃ、息抜きに箱根の温泉でも行こうかとと言って、連れて来たんだ。本当は、ただ温泉旅行に行きたかっただけかもしれないんだけど。」
 「そがんこと、なかとです。歩深ったら、里中さんのことばっかい、話すけん、どがんイケメンか、お会いしたかったとです。」 歩深の母親真貴子が博多弁で語った。
 「イケメンだなんて、俺がイケメンだったら、世の中みんなイケメンだらけですよ。」と笑いながら応じた。歩深は母親に似ている。とても顔立ちが整っていて、それで博多弁で、さくさくと話すので、そのアンバランスが奇妙に響いた。でも自分の母親のことを考えると、どこへ行っても、関西弁丸出しだから、そんなものだろうかと考えていると、
 「里中さんは、お父さんがおられないと聞いたばってん、どがんなさったと?」と尋ねた。
 「はい、父は、私が小さい時に、交通事故でなくなりまして・・・」
 「それじゃ、お母さん一人で、あなたを育てらっしゃたとね?ずいぶん、苦労しんさったね。」と親身なトーンで言った。
 「歩深が、大学卒業後、君との結婚を考えているようなのだけど、君はどう考えているのだろうか?」落ち着いた声で、徳重院長が尋ねた。
 「私も、歩深さんのことは大好きで、節度あるお付き合いをさせていただいてます。ただ、歩深さんと私では、育ちも背景も異なるし、正直未知数の部分もあります。」
 「未知数とは、どういう意味ですか?」父親が聞いた。
 「はい、私の家は庶民の家です。どちらかというと、貧しい家庭です。母親もまったく庶民そのままですが、そんな家に、歩深さんが来てくれて、母とうまくやれるだろうか、という心配はあります。どちらも、性格的には問題がないと、私は思ってますが・・・。」
 「そがんね、長男やけん、お母さんの老後をみてあげんばね。」と母親が言った。
 「私は、大丈夫。前に圭司さんのお母さんが上京して来られたとき、一緒に東京スカイツリーに行って、お食事をしたとき、とても感じのいいお母さんで、これなら、仲良くやれると思ったの。そうでしょう?」と歩深は里中の同意を求めた。
 「東京見物にいっしょに行くことと、嫁、姑として生活して行くことは、別だからね。」父親が言った。

結局、その日はお互いに相手の理解を深めただけで、具体的な話はしなかった。里中としては、少しほっとした。


「これらは、次に来るものの影であって、・・・」
(コロサイ人への手紙 2:17)

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