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小説 クロスオーバー


☆☆☆小説 クロスオーバー☆☆☆
著作 by 秋野創(ペンネーム)

11章 久しぶりのデート


里中と深歩は、久しぶりのデートである。職場では、二人とも研修医で、下っ端であるので、やるべきことも多く、土日の当直などもあり、なかなかオフが重なることが無い。今日は、非常にまれな休日であった。
「ねえ、聞いた?あの二人、来年2月に、結婚式を挙げるんだって。」
「私たちにも、是非来て欲しいので、予定空けておいて、だって。」
「うーん、是非式に出たいけど、確約はできないな。」
「仕事忙しい?」
「うん、アホな上司がいてね、俺のスーパーバイザーではないけど、俺の仕事にも、時々難癖をつけてくる。」
「貴方の上司でなくて良かったわね。私も、前のローテーションの時、変な上司に当たったから。」
「どんなふうに変だった?」
「上の人がいないと、自分が一番偉いみたいな口調でね。ベテランの看護師長にだって、タメ口で話すし。かと言って、ちょっと顔のいい看護師には、気持ち悪いくらい優しいの。」
「医師はおぼっちゃんで育っている人もいるから、社会性や常識に欠けることもあるね。医者の息子、娘は特にたちが悪い。」そう言って、フミの顔を見つめた。フミは少しづつ私のジョークに慣れて来て、ニコニコしている。
「あら、私も非常識者の一人だから、今日は何をおねだりしようかな?ダイヤの指輪とか。」
「俺の言ったことは、一般論だから例外もあるさ。」そう言いながら
「昨日、ひどい塵肺症の患者と話しててね。その人、関西のいなかの漁師町の出身で、若い頃はけっこう、荒い生活をしてたみたいだけど、今はしょっちゅう肺炎を起こして、酸素吸入と抗生物質で命をつないでいる。人懐こい人で、俺に言うんだ。『先生、俺はまだ、死にたくねえ、』って。肺癌を併発している。本人はそのことを未だ告知されてない。塵肺だけでも、十分ヘビーだからね、耐えられないんじゃないか、と家族は思っている。」
フミはじっと耳を傾けている。
「俺と会う度に、『死にたくねえ』って、まるで寿命を知っているかのように言うんだな。」
「俺は、適当に誤魔化しているけど。」
「私も、やはり、そんな人を見ると苦しくて無力感を感じるけど。死ぬことも含めて、それはその人の人生だから、と割り切っている。」
「へー、けっこう、フミはドライだね。」
フミの日ごろの言動から察して、もう少しおセンチかと思っていたが、意外にドライで冷静な面もあるのだと思った。
「俺はいったいどんなふうに死ぬのかな?老人の半分が認知症で、半分が癌だと言われる時代だから。」
「認知症はまだ早いわよ。私の父みたいなこと言って!」と、フミは笑いとばした。
里中は無意識のうちにも、自分の本当の年齢を感じていたのだろうか?フィジカルには、十分里中の年齢だが、内部意識の中では、若い頃の自分と60歳の自分が振り子のように揺れるのだ。20歳代の里中は、死はリアルであっても、自分のものではなく、他人のものであった。それが40歳を越えた頃から、自分のものとして、少しづつ感じるようになった。
秋の午後、屋外のカフェテリアで、里中圭司とフミは、時間の流れの中で、二人の空間を楽しんでいた。フミの豊かな黒髪のかなたには、少し傾きかけた太陽が、雲の合間で赤く輝いていた。夕食は何処へ行こうかと考えていたとき、不意に太陽の輝きが強くなって、里中の目を刺した。彼は思わず片手で両目を覆ったが、彼の脳裏には太陽の残像が見えた。すると、そこに一人のシルエットが浮き出て、
「わたしを信じる者は、死んでも生きる。」と声がした。
もう一度背景の太陽の光が強くなってシルエットと残像が消えた。何故か里中には、長い時間が経過したように感じた。
すると「圭司さん、圭司さん」と
フミの呼ぶ声が聞こえ、目を開けると、そこには、前と同じ午後のカフェテリアの風景である。
「うん、どうかした?」
「だって、急に目を抑えて、話しかけても応えないんだもの、ビックリ。」
「太陽の光が眩しくなって、何か声が聞こえたんだ。」
「なんて、聞こえたの?」
「そ、それがね、」
一瞬言うのを躊躇したが
「『わたしを信じる者は、死んでも生きる』って。」
「それ、聖書の言葉よ、確かヨハネの何処かにあった、そう言ってiPhoneの中のBibleで検索して、
「ヨハネの11の25にあるわよ!最近読んだんじゃない?」
「ヨハネなら、読んだことあるかもしれないが、最近ではない。全く記憶にないもの。」
「やだ、てんかんの既往症なんて無いよね?」
「うーむ、俺の知る限りはね。そんなに変だった?」
「1分まではなかったけど、30秒は超えてたと思う。」
「そうか、一度脳波でもしらべてみようかね?」
「脳腫瘍かも、CTスキャンもしないと。」
フミの反応で、自分の様子が尋常ではなかったことが、明らかだった。幻聴だろうか?それにしても、あまりにもリアルで、鮮明な声だった。


「これらは、次に来るものの影であって、・・・」
(コロサイ人への手紙 2:17)

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