小説 クロスオーバー
☆☆☆小説 クロスオーバー☆☆☆
著作 by 秋野創(ペンネーム)
14章 終章
里中は、ころんで、おきあがって、ぶつかってきた相手に「何するんだよ!」と叫んだが、声がでない。
フミは、自分の方ではなく、ぶつかってきた男に向かって、何か声をかけている。
「・・・圭司さん、圭司さん、大丈夫?」
『フミさん、そいつはちがうよ、圭司はこちらだよ』と声をかけても、振り向こうともしない。まるで、中里が見えないようだ。
男の腕を助けながら、引き起こしている。その男が、周りを見ながら、「誰だ、あぶないじゃないか!」と叫んだ。
その声の主を見た時、中里は、再び言葉を失った。それは、まぎれもなく、自分の姿、里中であった。自分は、彼らのそばにいるのに、誰も気がつこうとしないで、通り過ぎてゆく。人混みの中へ消えて行く、フミと里中の姿を、呆然と見送りながら、つぶやいた。「なんてことだ!」首をふって、沈黙した。
何年か前、同じようなことがあったことを思い出した。トイレに駆け込んで、自分の姿を見た。確かに自分は、里中だ、そう思った瞬間、鏡に映った姿は、まるで時間に流されるかのように、デフォルメしてゆき、そこには、還暦をすぎた老人の姿があった。
気がつくと、彼はいつのまにか、奥多摩へ来ていた。フミにプロポーズしたあの吊り橋のようだった。すると、幻聴のように、天上からラッパの音が響いた。吊り橋から、川上の方角をふと見上げると、両岸には天の軍勢が、彼を出迎えに来ていた。その彼方には、清流が流れていて、その上に虹がかかっていた。
もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。
なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。
黙示録 21:4
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