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小説 クロスオーバー


☆☆☆小説 クロスオーバー☆☆☆
著作 by 秋野創(ペンネーム)

2章 神田川


 一時間後、中里匡は、里中圭司のアパートの一室にいた。神田川沿いにある小さなアパートである。かろうじてトイレとユニットバスがある、学生向きの安アパートである。駅からは徒歩数分で、そう遠くないが、建物は古そうだ。学生証の住所にあるアパートまでは、すぐたどり着いた。新宿から乗り換え1回で、20分ぐらいだろうか。明らかに見知らぬ他人のアパートなので、ためらわれたが、里中圭司に会うためには、ここで彼が帰って来るのを待つしかない。覚悟を決めて、アパートの鍵をポケットから取り出して、ドアの鍵穴に差し込んだ。カチャリという音がしてドアが開いた。寒いのでエアコンをつけて待つことにした。


 医学生の部屋らしく、医学のテキストが本箱の底の方から、一杯にならんでいる。そして、科目別にファイルボックスが並んでいて、そこには整然とノートや資料がフォルダーに整理されていた。できるだけ、部屋のものには手をふれないようにして、待っていたのだが、身体がぬくもってくると、何だか眠たくなって来た。ホットカーペットをつけているせいかもしれない。いつのまにか眠っていた。1時間ぐらい眠っただろうか、少し首回りに汗をかいて目がさめた。時計を見ると8:30過ぎだ。手持ち無沙汰のため、テレビのスイッチを入れた。いつの間にかNHKのニュースが始まっている。中里は、いつもこの時間のニュースか、11時前後のニュースを必ず見るのが習慣であった。


 ニュースでは、何か夕方、新宿で事故があったらしい。外国人とのトラブルで人が刺し殺されたと言っている。被害者の名前は「中里匡、60歳、医師。目撃者情報によれば、何か外国人との口論の途中で、鋭利な刃物で左胸を刺され、出血多量で死亡した」とのことだった。犯人は現場より逃走し、行方不明とのこと。


 中里匡は口をあんぐり開けたまま、画面を見つめた。「確かに被害者の中里匡の写真は、俺自身だが・・・。そんなばかな。俺はここにいるぞ!俺は生きている、まだ死んではいない!」心の中でそう叫んだ。立ち上がって、洗面台の前に立ち、鏡を見た。そこには、新宿のトイレで見た、あの里中圭司の顔が映っている。どう見ても20代半ばである。中里匡の面影はみじんもない。「俺は中里匡だ!でも、姿形は里中圭司である。どういうことだ?俺が中里匡だと言って、他の人がそう認めてくれるものが何かあるか?何もない。しかも、俺はどうも、死んだことになっているらしい。そうだ、家に電話してみよう。」と思った。


 家の電話を鳴らしたが、誰も出ない。取込み中なのか?携帯にかけてみようと、住所録をさがしたが、中里の名前では登録がない。そうだ、これは里中のスマートフォンだった。あるわけがない。もう一度家電に電話をした。数回電話が鳴って、応答がない。あきらめて切ろうとした時に、声が聞こえた。「もしもし?」電話をかけた人の声を待っている様子だ。あわてて、「こちら、中里さんに会社でお世話になったものですが、ニュースを見てびっくりして、お電話してます。お亡くなりになったって、本当でしょうか?」と言った。「はい、父は亡くなりました。」娘の声であった。「本当ですか?信じられません。とても残念です。私は、新宿支社の総務担当で、佐藤 と言います。ご葬儀については、もうお決まりでしょうか?ぜひ、お別れをさせていただきたいと願ってますが。」と言うと、まだ取り調べのこともあるので、詳細は決まってないが、家族葬でとりおこなうので、家族以外の方はご遠慮願う予定であるとのことであった。「ご冥福をお祈りします。」とかろうじて挨拶して、電話を切った。



「これらは、次に来るものの影であって、・・・」
(コロサイ人への手紙 2:17)

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